逆境に打ちかった不屈のホテル王「ヒルトン」が残した教訓
ホテルと言えば「ヒルトン」というイメージを持つ方も多いのではないでしょうか? でもそもそもヒルトンとはいったい誰がどうやってこのブランドを構築したのでしょうか。そこでTRiP EDiTORの新連載として、米国でホテルコンサル業をするケニー・奥谷さんが、海外の高級ホテルやその創業者たちの偉大な業績を小説形式で紹介。世界的ホテルチェーンのヒルトン・ホテルズ&リゾートの創業者であるコンラッド・ニコルソン・ヒルトン氏に焦点を当て、彼の激動の半生をリアルな筆致で綴っていきます。
オイルブーム・イン・テキサス
「コニー、祈りなさい。祈ることほどためになる時間の使い方はないのだから」
ドイツ移民の敬虔なローマカトリック信者だった母の教えに従い、コンラッドは辛いとき、いつも祈ってきた。第一次大戦中フランスに従軍していたときも、そして今回も……。
第一次大戦が終わりフランスから戻ったコンラッドはテキサス州に入った。1901年に油田が見つかって以来、テキサスはオイルダラーで好景気に沸いていた。オイルが溢れるこの地で、銀行のオーナーになったら、きっと大金持ちになれる……彼の夢は大きく膨らんでいく。
買収する銀行を探しながら、テキサス州シスコの小さなホテルに泊まっていたときのこと。彼はふとホテルのロビーで行われていたことに気をとめた。
「朝はテーブルとイスが置かれていて朝食を食べた。昼は宴会が行われていた。そして、今はセミナーが行われている。同じ場所を使って1日に3つもの違ったことを行っている……」
フロントを見ると、脇に黒いスーツを着た女性が立っていた。ここのスタッフに違いない。
「すみません、あの……」
コンラッドは声をかけた。
「なにかお役に立てることがございますか?」
彼女は大きな目をくりくりさせながら応えた。
「少しお尋ねしたいことが」
彼女は口の両脇を吊り上げて笑顔を作った。
「朝はレストランでなく、ロビーで朝食を食べたのです。なぜですか?」
「朝食をとるゲストの人数が多いのものですから、ここも開放して朝食会場にしているのです」
「では、レストランでも朝食が取れるのですね?」
「さようでございます。お客様の数が多いときは、レストランとロビーをつないで、スペースを拡張するのです」
「なるほど! 混雑するときは、レストランとロビーの両方のスペースを使って朝食を食べさせられるようになっているのですね」
「さようでございます」
「ロビーは仕切って、宴会とセミナーを行う場所にもしているのですか?」
「さようでございます。ここのロビースペースは広いので、仕切りをつけて多目的に利用しております。なにもないときは、お泊りいただいた方々に広々としたスペースを楽しんでいただいております」
「よくわかりました。ありがとう」
コンラッドが頭を下げると、彼女はまた口の両側をつり上げた。
「私はキャサリーンと申します。お役にたてることがございましたら、いつでも声をおかけください」
親切に受け答えをしてくれる女性だ……コンラッドは彼女の対応にすがすがしさを感じた。